日記に書いた、昏睡状態だった新郎が何日か前に息を引き取ってしまったそうです。とても残念です。
自分は近い関係じゃないくせに、そのことについて日記を書いてるのは、はたからみると滑稽かもしれません。そして誰の悲しみも癒せるわけじゃないのはわかってます。
でも信じられない。周りを明るくするおそらく太陽のような人。そんな人の命の灯が原因不明で突然消える。そんなことが現実に起こるなんて。ご家族や友人の方の気持ちを思うと本当にいたたまれません。
でもこの前ちらっと家に来てくれた、その新郎の友達の素敵なご夫婦に逆に励まされてしまいました。すみません、ありがとう。
そして…、なぜか更新された故人のmixiの日記と、そこに残された沢山のコメント。その素晴らしい友情に涙が止まりませんでした。
ご家族が素敵だからご本人も素敵だし、さらに周りの人にも素敵がうつるんだろうなあ。
私は例えば恵まれているかもしれない環境や、幸せというものにすっかり慣れてしまって、つい愚痴を言ってみたり、すぐ人の持っているものを羨んだり、毎日が大変だとか、退屈だのとほざいたりしている。愚痴が言えるのは幸せな証拠かもしれないのにね。
この世には生きたくても生きられなかった命が沢山ある。あと、自分なんか比じゃなく、思うようにはいかない現実に立ちふさがれている人だって沢山いる。それをどうしてつい忘れてしまうんだろう。
なんか、甲本ヒロト氏が「幸せを手に入れるんじゃない。幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ。」と言っていたそうですが本当にそうだなと。
自分も含め周りに情報が多すぎて、なかなか「幸せ」っていう実感が掴みにくくなっているのかも。
そんなことを最近つい考えてしまいます。色々選べることは幸せでもあり不幸なことかもしれません。
とりあえず、毎日元気な赤ん坊と過ごせ、大切な家族と普通にご飯が食べられる一見普通といえば普通の今の暮らしはきっとかなり幸せなんだと思います。
しかも私にはとてもいいタイミングで救ってくれる友人達もいる。それを幸せと思えなかったら一体なんなんでしょう。罰が当たるよね。
所謂「こんなご時世」ですし、先のことはいつでも誰でも不安でしょう。でも万が一のことは敢えてそん時考えることにしたい。
僕らができるのは今を精一杯生きることしかないのだと思います。そう、知恵と工夫と、軽く笑えるユーモアとうまくやり抜く賢さを持って。
あっこれは奥田民生の受け売りですね。でもいいんです、彼もカリスマだから。
毎日を大切に、必死で生きよう。できることはそれしかない。そして小さな幸せを大切に感じる心を持って。
たまたま観たNHKのターシャ・テューダーさんの特番でも、彼女が同じようなことを言ってました。アメリカを代表する絵本画家であり、バーモント州のお家に「コーギーコテージ」という美しい庭を作った方なようですね。意外にも旦那の方が知っててちょっと悔しかった(笑)
しかし、残念ながら彼女は去年のきゅうちゃんが生まれる6日前に92歳で静かに他界したそうです。
彼女は年を取るのを決して怖がらず、女手一つで4人の子を育て、子育てが終わってから家を建て、「地上の楽園」と呼ぶにふさわしい美しい庭をこよなく愛して生き、息子夫婦、孫夫婦がすぐそばに住んでいても自分の時間を大切に、絵を描き自然を愛し、常に手と体を動かして過ごしたそうです。
その彼女の言葉にも響くものが色々ありました。
「どんな瞬間も生きている喜びを感じること」
「平凡な毎日を大切に生きる。誇りを持つ。誰のためでもなく自分の為に。」
「毎日が充実していれば人生は幸せ。」
「待つ時間が長いほど花が咲いた時の喜びが大きい。」
花といえばあっと言う間に卒業シーズンだなと。森山直太朗「さくら」は改めて聴くとかなり響きます。もしかしたらこれは卒業以外にもテーマを含んでいる曲なのかも。この曲将来教科書に載るだろうなあ。
「さくら さくら ただ舞い落ちる
いつか生まれ変わる時を信じ
泣くな友よ 惜別のとき
飾らないあの笑顔で さあ」
そんなあ、泣くなって言われたって泣けちゃうよ。
気温の変化が激しいですが、もうすぐ桜が咲く季節がやって来ますね。一年のなかで一番好きです。
月並みですが桜は、この季節のためにガーッと咲いて、でも散り際が潔くて本当に好き。
大好きなフォトグラファー、平間至さんは地元の塩釜神社の桜をすごく美しく撮っておられました。いつかそんな風に写真を撮ってみたいです。
ああ~なんか引用ばかりでごちゃごちゃな日記になりました。
とにかく前に進むのです。思ったより道はきっと明るい。
心からご冥福をお祈りいたします。